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写真展評 1
(『日本カメラ』1996年1月号、日本カメラ社刊)
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「写真展評」という性格があらかじめ付与されてはいるものの、ここでの筆者たちは、その要請に忠実であろうとするものではない。ここではまず、これから前提とされるべき基本的ないくつかのことがらについての素描を試みることにしよう。
 〈自分が属する民族の集団的苦難を表象し、その苦難の証言者となり、いまもなお残る試練の傷痕をたえず喚起し、記憶を更新するという、この重要なことこのうえもない責務に加えて、(……)危険を普遍的なものととらえ、特定の人種なり民族がこうむった苦難を、人類全体にかかわるものとみなし、その苦難を、他の苦難の経験とむすびつけることである〉
 言うまでもなく、さしあたりここで私たちが言及するカテゴリーは「民族」や「人種」ではなく「写真」というジャンルであり、「人類」についてではなく「表現」に関わるものである。しかし、すくなくともサイードが「知識人」について語るこの認識とパラレルな位相に私たちの表現の現在があることはすぐに認められるだろう。表現者の営為が「作品」としてそこで完結するものではなく、作品のあらわれを通じて、つねに来るべきなにものかへと送り返されることを望むことはけっして不当ではない(むしろ、それが私たちに課せられたささやかな務めなのではないだろうか)
 私たちはここで「展評」という批評の一様態――展覧会が、「写真」という表現ジャンルの自律性を保証するとともに、それによって規範される自己言及的な場であることを補完する言説の機能――、それ自体を検討することが必要なのではないだろうか。また、「写真」がひとつの表現ジャンルとして存立すると仮定してなお、展覧会とそれへの批評が現在、その行為のアクチュアリティを保ち得ているのだろうかという素朴な疑問を投げかけてもいいだろう。この種の批評が成立するための諸条件――例えば「写真」というジャンル/展覧会という空間の自律性、歴史への参照、意識産業下での表現ないし言説の編制、等々――についての検証と、さらにはそれら各々の要素をパラメーターとして再度導入し、作品の意味をつねに読み換えていくこと。必要とされるのは、これら自明とされ起源を忘却することによって得られた「前提」が自らの意識のなかに沈殿し自然化するプロセスを拒むこと、そしておれらをたえず再審に付す態度だろう。ただし、ここでの私たちの関心は、なにがしかの作品ないし展覧会についての解釈なり評価をめぐってのドグマティックな抗争にあるのではない(近年、頻繁に顕在化してきたさまざまな検閲の問題を想起しよう)。「解釈の権力」とでもいうべき、多義的な世界のありようを単一の物語へと収斂し糊塗しようとする欲望への抵抗こそが試みられ、実践されねばならない。
 ある意味では、今日私たちが日常的に了解している「写真を見る」という行為は、非常に倒錯した営みではなかったか。「写真展」という場は、写真がそれ自体として現前することを夢見られるための装置として機能すべく仮構されたフレームである。写真はそれ自体の像を持たない――ロラン・バルトの指摘にしたがうならばそれは「コードのないメッセージ」なのだ――というメディア的特性はいぜ問題にされなければならないが、ここではまず、「作品」が日常に遍在する無数の写真の群れから峻別された「写真」であるということをとりあえず確認しておこう。そのようにして別のなにかへと使役する有用性から切り離され、そのものとしての自律性を獲得することが近代における表現のひとつの条件であったことを踏まえれば、そこで写真が「作品」という相貌をともなって私たちの前にたちあらわれるのは、そうした純粋化=自律性(へ)の欲望によるものだったということが容易に理解されるだろう(いわゆるオリッジナル・プリントが、字義通りにその最初からオリジンとしての資格を有していたのではけっしてない。むしろこのような迂回を経たのちに遡及的に「発見」されたのだとさえ言えよう。そこには確かに「忘却」という政治的態度があることを忘れてはならない)
 端的に集約するならば、私たちの関心は写真展という場処のあらわれ――そこで展開される関係と欲望の偏差から生じる力学――の解読と分析にむけられている。言い換えればそれは表現と政治をめぐる問いなのだ。ヴィクター・バーギンの言う〈「政治の表象化」という概念ではなく、表象の政治学への一貫した関心〉、それこそがここでの係争点となるだろう。
 もはや紙幅の許す限りではないのだが、1995年10月から11月にかけてあった写真展のなかから、恣意的にいくつかをサンプル抽出しておこう(楢橋朝子/03 FOTOS、伊奈英次/かねこ・あーとギャラリー、笠井爾示/Taka Ishii Gallery)。詳細は次稿に譲るが、戦後、とりわけ70年安保以降から現在へと至る思潮の変遷、写真表現の展開と裂断、そしてそれらを横切る破線のありようをそこにみることができるだろう。